目次

サラリーマンは気楽…じゃねーよ

ヒトモノカネ…
いつの時代も兵隊は辛い。

上司部下同僚の悩み
製品が売れない、人気がない、クレームだらけ…
給与は上がらない、同期との戦いにおける疲弊…

悩みは尽きることがない。

特に情報社会の現代に於いては、選択肢が増えていると言う意味では悩みが増えていると言っても良い。

サラリーマンをやっていて鬱になる同僚を見たこと聞いたことが無い人はこの現代において少ないだろう。

そのくらい我々はメンタルを蝕まれている。

サラリーマンの救世主 アドラー

「嫌われる勇気」が本、ドラマ共に話題になった事は多くの方が周知の事実であろう。

アドラー心理学、と言う名詞も窮屈な日本において一躍有名な学問となった。

しかしまだまだアドラー心理学とは言葉は知っていても本質や考え方まで知っている人は少ないだろう。

筆者も過去に鬱病の経験があるが、アドラー心理学によって救われた。暗闇から光を当ててくれたのはアドラーだった。

アドラー心理学の本質3つ

アドラー心理学はとても奥が深い。

過激且つ端的な心理学のため、鬱病患者には劇薬とも言われる。

しかし心をえぐられるようなきつい言葉の中に、人生を楽にする思想が詰まっている

1.「すべての悩みは人間関係にある」

この言葉を聞いて筆者は

はぁ?金の悩みとか将来の悩みとか自分の健康とか色々あるだろ?!

と、つっこみを入れたくなった。

しかし例えば先ほどのヒトモノカネすら突き詰めて考えると…

周囲との人間関係の悩み

製品が売れずに自分に対する評価が下がって出世が遅れる悩み

収入が下がって他人よりも劣等感を感じたり、家族から蔑まされる悩み

収入が無くて自分が食べられなくなる、子供が食べられなくなって死んでしまうと言うのは本当にごく一部の方々の悩み。

これらは社会で解決しなければならないが、

同僚同期よりも給与が減る。これは社会は解決してくれない。

自らの力で切り開くしかないのである。

2. 「それは誰の課題か?」

アドラーは、他人の課題に介入してもロクな事は無いと言っている。お節介を明確に否定しているのだ。

例えば職場でイライラして当たってくる上司がいたとする。

イライラしているのは上司の課題。それにやきもきして気を使っているのは部下の課題。
怒っている人をアドラーは「その人が怒りたいだけ」ときっぱり捨てる。

アドラーが難しいのは「他人を無視しろ」とは言ってないところ。

コモンセンス(共同体)の中にこそ幸せがあるともいっている。

つまり持ちつ持たれつ、でもお節介は意味無いよと言う意味なのだろう。

3.「自分の人生の今を精一杯生きる」

良く聞く話だが、親の期待に応えるために偏差値の高い大学に受かってオールAで卒業できたのに社会で活躍できないと言われる人は数多くいる。

社会に出た途端、何を目標に生きれば良いのかわからなくなってしまったのだろう。

親のために。子供のために。会社のために。

何かに期待してしまうと、裏切られたときのダメージは大きい。

だったら期待なんてしなければいい。所詮他人の人生は他人のもので、自分の意思通りには動かせないのだ。

今、ここにいる、自分自身の人生を精一杯に生きる。

誰のためではなく、自分のため。

誰かの期待に応えるのではない。家族を幸せにしたいから。

会社の人々に喜んで欲しいから。

社会の皆の課題解決を担いたいから。

他喜力、感謝の心が加わればきっと悩みや不満が少なくなる。

サラリーマンをやっていて息詰まったときは思い出して欲しい。